サーカディアンリズム

 circadianはラテン語のcirca(約)とdies(日)に由来し、「サーカディアンリズム」とは約24時間周期のリズムのことで「概日リズム」とも呼ばれる。原核生物からヒトにいたるまで地球上のほとんどすべての生物はその生命現象に約24時間周期の自己発振性のリズムを持っている。このリズムは外部環境の変化のない恒常条件下におくとその生物種に固有の周期(ヒトでは25時間、マウスでは23時間といわれている)でフリーランする。しかし通常、生物は地球の自転(正確に24時間)によって生じる外部環境の変化に自己の体内時計を同調させるべく毎日体内時計を修正しているわけである。この体内時計の位相を変化させる最も強力な要因としては明暗周期が知られている。

 哺乳類では体内時計は視床下部視交叉上核(suprachiasmatic nucleus:SCN)に存在するとされている。その根拠として、
1)網膜から視床下部への神経連絡(retino‐hypothalamic tract)がSCNに終わる。
2)SCNを破壊した動物ではサーカディアンリズムが消失する。
3)SCN破壊動物に胎児や新生児のSCNを移植するとサーカディアンリズムが回復する。
4)周期の異なるmutantのSCNの移植実験では周期はdonorの表現型になる。
等がある。 サーカディアンシステムは基本的に明暗周期など外部環境の変化を時計に伝える入力系、時計本体である振動体、および出力系の三つのcomponentから成る。近年、“時計遺伝子”と呼ばれる時計本体を構成する遺伝子が相次いで発見され、体内時計の分子機構が明らかとなりつつある。マウスでは三つのPeriod遺伝子(mPerl-3)、二つのCryptochrome遺伝子(mCry1and mCry2)、Timeless遺伝子(mTim)、Clock遺伝子、Bmal1遺伝子があり、これらが図のようにpositiveとnegativeの二つのfeedback loopを形成することにより自己発振性の周期が作られる。

 血圧、脈拍、深部体温、睡眠・覚醒サイクル、摂食行動、飲水行動、消化吸収、代謝など生物にとって基本的な生理学的、生化学的過程にはすべてサーカディアンリズムがみられる。体内時計は生物が外部環境の変化にうまく適応して生きていくために必須の装置として作られたものである。外部環境や内部環境の急激な変化をいち早く察知し、体内時計を修正することで自己のホメオスタシスを維持しているのである。

 日常我々が体内時計を自覚するのは海外旅行時の「時差ぼけ」であるが、臨床的には、喘息、脳卒中、心筋梗塞等の種々の疾患や発症や症状の増悪がサーカディアンリズムと密接な関連のあることが知られている。また、薬物の吸収や代謝、排泄にもサーカディアンリズムがみられる。できる限り効果が高く副作用の少ないタイミングで薬物を投与するクロノテラピーの研究も行われている。外科医にとって手術侵襲や麻酔の体内時計におよぼす影響は気になるところである。医療の現場では通常の環境とは全く異なった環境に患者は置かれる、太陽光の当たらない部屋で、本来の食事時間とは異なる時間に強制的に輸液栄養投与が行われている。今後、サーカディアンリズムを考慮した治療の研究が進展することが期待される。

サーカディアンリズム

参考文献抄録

The suprachiasmatic nucleus generates the diurnal changes in plasma leptin levels.

 At present it is not clear which factors are responsible for the diurnal pattern of plasma leptin levels,although the timing of food intake and circulating hormones such as glucocorticoids and insulin have both been proposed as independent determinants.In this study we show that ablation of the biological clock by thermal lesions of the hypothalamic suprachiasmatic nucleus (SCN) completely eliminates the diurnal pattern of plasma leptin levels.By contrast,removal of the diurnal corticosterone signal by adrenalectomy and corticosterone replacement did not affect diurnal leptin levels.More importantly,removal of the noctumal feeding signal by submitting the animals to a regular feeding schedule of six meals per day did not abolish the diurnal p;asma leptin levels.However,both SCN lesions and the regular feeding schedule did cause an increase in the 24-h mean plasma leptin levels.As neither rhythmic feeding,insulin,or corticosterone signals can completely explain the diurnal plasma leptin rhythm,we conclude that biological clock control of the sympathetic input to the adipocyte is essential for regulation of the daily rhythm in leptin release.

Kalsbeek A,Fliers E,Romijn JA,La‐Fleur SE,Wortel J,Bakker O,Endert E,Buijs RM: Endocrinology,142:2677-85,2001

Molecular analysis of mammalian circadian rhythms.

 In mammals,a master circadian“clock”resides in the suprachiasmatic nuclei(SCN)of the anterior hypothalamus.The SCN clock is composed of multiple,single‐cell circadian oscillators,which,when synchronized,generate coordinated circadian outputs that regulate overt rhythms.Eight clock genes have been cloned that are involved in interacting transcriptional‐/translational‐feedback loops that compose the molecular clockwork.The daily light‐dark cycle ultimately impinges on the control of two clock genes that reset the core clock mechanism in the SCN.Clock‐controlled genes are also generated by the central clock mechanism,but their protein products transduce downstream effects.Peripheral oscillators are controlled by the SCN and provide local control of overt rhythm expression.Greater understanding of the cellular and molecular mechanisms of the SCN clockwork provides opportunities for pharmacological manipulation of circadian timing.

Reppert SM,Weaver DR:Annu Rev Physiol.63:647-76,2001

Figure Legend

 転写因子であるCLOCKとBMAL1蛋白がheterodimerを形成し、これがmPer、mCry遺伝子のプロモーター領域にあるE‐boxと呼ばれる塩基配列を認識して転写を促進する。次いで生じたmRNAから細胞質内で翻訳されてできたmPER、mCRY蛋白質はcopmlexを形成し核内に移行する。核内に移行したmCRY蛋白はCLOCKとBMAL1に直接結合することによりCLOCK/BMAL1によるmPer、mCry遺伝子の転写を阻害する。その結果、再びmPER、mCRY蛋白質が減少する(negative feed back loop)。一方、mPER2はBmal1遺伝子のactivatorを核内に移行させることによりBmal1の転写を促進させ、CLOCK/BMAL1heterodimermが増加しPer、mCry遺伝子の転写を再スタートさせる(positive feed back loop)。

関 連 用 語

(日本時間生物学会の用語集より許可を得て引用)
英文表記 略語 和文表記 定 義 ・ 備 考
suprachiasmatic nucleus SCN 視交叉上核 哺乳類の体内時計の中枢と考えられており、脳の視床下部基底部で第三脳室が視交叉と接するあたりの両側に1個ずつ存在する神経核である、ラットでは大きさが、直径0.3mm、長さ1mm程度と小さな核であるが、その中に約10、000個の神経細胞が密に集合している。1個1個の神経細胞をばらばらにして培養しても個々の細胞は、自律性のリズム発振機能と外的刺激に対する位相の変化能を持っていることが実験的に示されている。
biological clock   体内時計
(生物時計)
circa‐rhythm(概リズム)の中枢機構。単にclock(時計)ともいう。環境サイクルの長さに似た周期で自律的に振動し、種々の生理機能に作用して概リズムを発現させるはたらきをもつ。概日リズムを支配する生物時計(概日時計circadian clock)の所在として、哺乳類のげっ歯類では視床下部の視交叉上核(suprachiasmatic nucleus:SCN)が知られている。また、鳥類では松果体が最も注目されているが、目や視交叉上核も概日リズムの支配に関わっているといわれ、所在を特定の組織に限定することはできない。昆虫のなかで、ゴキブリやコオロギでは、複眼のすぐ奥に位置する視葉optic lobes、また、ナツメガイでは目の奥にある網膜基部ニューロンに時計がある。体内に概日時計が複数あり、それらの間に主従関係が想定される場合もある。その場合、主の方をmaster clock、従の方をslave clockとよぶことがある。
chronobiology   時間生物学 生物リズムを記載し、その機構を解明する生命科学の一分野。生物リズムの中でも、とくに環境サイクルと似た周期のもの(circa‐rhythm)を扱う。chronoは、ギリシャ語由来の時(time)を意味する連結形。
phototherapy   光療法 高照度の人工照明を一定時刻に短時間照射する治療法。季節性感情傷害あるいは睡眠覚醒リズム障害の治療に有効とされている。生物リズムの位相あるいは環境に対する同調性に作用して奏功すると考えられてきたが、これを否定する有力な説もある。
free‐run   自由継続 明暗あるいは温度サイクルなどの同調因子(entraining agent)の影響から逃れて、固有の周期でリズムが現れている状態。ふつうは恒常環境下で観察される。
synchronization   同調 複数の振動がお互いにあるいは一方的に影響しあって同じ周波数にある状態。周波数が互いに整数倍あるいは整数分の一の関係にある場合もある。一方的な影響の場合、すわなち、ある自律的リズムが、他の振動に強制的に同調させられる場合にはentrainmentがよく使われる。
desynchronization   脱同調 複数のリズム間の同調関係が崩れること。体内のリズムの間で起こる場合を内的脱同調、体内リズムと環境サイクルの間で起こる場合を外的脱同調という。
文責 矢 野 雅 彦